鵜の森公園の四日市空襲殉難碑前で行われた献花式には、
行政関係者や遺族など22人が出席しました。
戦時中、海軍燃料廠をはじめ
多くの工場群があった四日市市は
1945年6月18日未明に
B‐29による空襲を受けました。
およそ3万発の焼夷弾が投下され、
一夜にして市街地は焦土と化しました。
その後も8度に渡る空襲を受け、
49198人が被災、
およそ800人の尊い命が奪われました。
遺族の一人は
「遺族も高齢化している中、
改めて戦争の悲惨さや平和の尊さを
伝えていかなければならない」と話していました。